民間にもポリシーを求める各国の動き
アダム・ゴーリー(Adam Gorley)さんのブログで「迫りくるアクセシビリティポリシーの整備期限(Deadline to prepare accessibility policies approaching)」という記事を読みました。カナダのオンタリオ州では、民間団体・企業でも50人以上の従業員がいるところでは、Accessibility for Ontarians with Disabilities Act (オンタリオ障害者のアクセシビリティ法)で、アクセシビリティへの取り組みが求められており、2014年1月までにポリシーを公開しなければならないのだとか。当然ながら、ポリシーにはどのようにアクセシブルなWebにしているか、しようとしているかを明記することになるのでしょう。
Web accessiblity in korea and its implications accesiblity camp 2013.01.25 japanese from Seyong Park
多数派かどうかは置いておくにしても、このようにいくつかの国が法の下でアクセシビリティを推進する体制に移行しつつあるわけです。
ご承知のように、日本でも障害者差別禁止法制は検討されてきたわけですが、このような Webアクセシビリティの目標が定められる気配はありませんし、ましてや民間企業に対する規制を強化するという話は出てきません。現状は、JIS X8341-3:2010 で決められた方法にのっとり総務省が研究会の報告として出した「みんなの公共サイト運用モデル改定版(2010年度)」だけが目安となっています。真剣に取り組もうとする自治体等では、このスケジュールに何とか合わせようとする努力が見られます。
試験=抜き取り検査
言うまでもなく、試験というのはいわば学校の学期末試験のようなものです。その学期にどこまで真剣に勉強を重ねて知識を蓄えてきたか、そのレベルが到達すべきところまできたのかどうかを測ることがその目的です。したがって、X8341-3:2010 の試験もアクセシビリティを改良する努力を重ね、ある一定レベルに到達できたかどうかを測る物差しに過ぎません。そこに至る過程で、さまざまなコンテンツの修正や、よりアクセシビリティよいサイトを実現できる技術の導入、たとえばよくできたCMSの導入などがあって、初めて試験する意味があるのです。
X8341-3:2010 で特徴的なのはサンプリング試験です。これは、いわば品質管理活動における抜き取り検査のようなものです。一つひとつのページでは、アクセシビリティの問題があるかないかだけを問題にします。ひとつでも問題があれば、ある基準に達したとは言えないからです。しかし、コンテンツ作成というのは人が行う作業ですし、ミスもあれば、理解のずれも存在する。またコストもかかる。そのために、サンプリングという方法が提案されたのです。
サンプリング
たとえば、1万ページのウェブサイトの中にアクセシビリティに問題があるページが100ページ、つまり1%含まれていると仮定しましょう。その母集団から50ページをランダムに選択すると、そこに問題があるページが含まれない確率はいくつになるでしょうか?
1万ページの中から、問題のない9900ページだけを選んでしまう確率ですから、これは簡単な数学の組み合わせ確率です。1万ページから50ページを選ぶ時の組み合わせの数は、10000C50です。一方、問題のないページだけを選ぶ確率は、9900C50 ですから、それを割り算すればいいのです。
途中は省略しますが、その値は 0.6 になります。逆に言えば、問題のあるページを発見できる可能性は0.4しかありません。つまり、この条件下では、1%程度の問題は40%の確率でしか発見できません。では、10%のページに問題があるとして計算してみましょう。こんどは、問題のあるページを発見できる可能性は 0.995 です。10ページに1ページくらい問題があれば、50ページをランダムサンプリングで選べばほとんど発見できるわけです。
10000ページに対して | 50ページのサンプリングで 問題ページを発見する確率 |
---|---|
10%のページに問題 | 99.5% |
1%のページに問題 | 40.0% |
もちろん確率論ですから、たまたま発見できたり、発見できなかったりすることはあります。しかし、全数検査をするためには膨大なコストと時間を要しますし非現実的ですから、このようなランダムサンプリングの方法が採用されたわけです。
全ページ数の影響も受けますが、むしろサンプリングするページ数に依存して、より精度の高い試験が可能になるというしくみなわけです。ですから、JIS X8341-3:2010 の試験では、全何ページから何ページを選んで試験したかだけを明記するように定められているのです。
理屈の上では、1ページだけ選んで試験をしてもかまわない仕組みですが、ここで述べた確率論からいってそれはほとんど何の意味もないことは明らかです。意味もないことを公表すれば、批判のマトになりかねません。そのために、WAICではサンプル数の目安を示しているわけです。良い試験をやろうとすれば、40~50ページは選ぶべきでしょう。
なお、試験の結果問題が指摘された場合に、その箇所だけを直しても意味はありません。学期末の再試験が新しい問題になるように、サンプリングもやり直しですから。
良い取り組みには試験が強い味方
試験というのは、その言葉のニュアンスからも非常に厄介なものと思われているきらいがありますが、サイトに問題がほとんどないことをスマートに証明でき、一定のコストで実現できる良い方法なのではないでしょうか。
繰り返しになりますが、試験は様々な努力のあとで行なうべきものです。そのためにも、試験に向けた作業をしっかりと計画して、さまざまなツールやノウハウを生かしていくことが必要になるのです。
日本にも韓国やオンタリオのような時代が来るかどうか私にはわかりません。しかし、現在の取り組みが失敗してWebアクセシビリティが遅れをとるようなら、このような善意の努力に基づいた方法ではもう無理なのではないか、という声が出てきてもおかしくありません。
日本の進んだアクセシビリティ技術、進んだ支援技術を社会が生かすのかそれとも殺すのか、そこが気がかりでなりません。
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